学校の方針・概要・歴史
教育理念
三友堂看護専門学校は、山形県南地域(置賜地域)唯一の看護学校として、地域住民の健康の支援者として活躍できる質の高い看護師を育成することを責務としている。
人間を愛し、誠意をもって接することのできる職業的適応性を身につけた豊かな人間を育成する。そして、科学的根拠に基づいた知識・技術を用い、人間の健康生活を支援することができる基礎的な看護実践能力を育成する。
また、社会の要請に対応して看護の役割を認識し、看護学の発展を通じて保健医療福祉の向上に共同して貢献できる能力を培う。
教育目的
看護師になるための基礎的専門教育を行って、知識・技術・態度・価値を培うと同時に、有能な社会人としての人間的成熟をはかることを目的とするものである。
そして、人々の健康問題に関わって保健医療福祉のチームメンバーとして活動し、公共の福祉に貢献できる人材となるよう援助する。
教育目標
- 専門知識・技術・態度を習得して、職業的適応性を身につけた豊かな人間形成をめざすこと。
- 看護の対象である人間を、身体的・精神的・社会的に統合された存在としてとらえるとともに、生活者として理解できる能力を養うこと
- 人々の健康の保持増進、疾病の予防、健康障害のケア、リハビリテーション、終末期における健康課題をとらえ、その緩和や解決のための基礎的能力を養うこと
- 科学的根拠に基づいた看護を安全・安楽に実践できる能力を養うこと
- 人々が社会資源を活用できるように、保健・医療・福祉制度を総合的に理解し、それらを調整する能力を養うこと
- 学習意欲を高め、自主性と自己啓発の態度を養うこと
- 社会的関心を持ち、公共の福祉に役立つこと
学校概要と沿革
概要
学校名称 | 三友堂看護専門学校 |
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所在地 | 〒992-0045 山形県米沢市中央7丁目5番3-1号 [Google Mapで見る] |
電話 / FAX | 電話 0238-23-6470 FAX 0238-23-6473 |
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学校長 | 仁科盛之 |
設立年月 | 明治45年7月 |
学校種別 | 専門実践教育訓練講座指定校 |
設置学科 | 看護学科 全日制(3年課程)・定員40名(総定員120名) |
沿革
令和4年4月教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。
<td教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。>
明治19年 | 三友舎を現在地座頭町3411番地に起こし医業を開始 |
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明治43年11月 | 三友堂病院と組織を改正 |
明治45年7月 | 看護婦講習所を設置し看護教育を開始 |
大正9年10月 | 山形県より看護婦講習所の指定を受く |
昭和8年4月 | 看護婦養成所と改称 |
昭和25年1月 | 財団法人三友堂病院と組織を改正 |
昭和29年4月 | 財団法人三友堂病院付属准看護婦養成所と改称、校舎を北寺町西の町へ移転 |
昭和31年4月 | 財団法人三友堂病院付属准看護学院と改称 |
昭和54年4月 | 高等看護学院設立準備を開始 |
昭和54年12月 | 県より移管された旧ろう学校寄宿舎を高等看護学院校舎として改築開始 |
昭和55年4月 | 財団法人三友堂病院付属准看護学院の生徒募集中止 |
昭和55年4月 | 高等看護学院設立準備室を設置 |
昭和55年5月 | 校舎改築完成し設立準備室を城北2-3-2に移転 |
昭和56年12月 | 厚生大臣より財団法人三友堂病院高等看護学院の許可を受く |
昭和57年4月 | 財団法人三友堂病院高等看護学院事業開始 |
昭和59年12月 | 財団法人三友堂病院看護専門学校と改称 |
昭和60年3月 | 第一期生15名卒業 |
平成2年4月 | 教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始 |
平成7年4月 | 米沢市中央7丁目5番3-1号に新校舎新築移転。学生定員を男女合わせて45名とする 推薦入学制実施 |
平成9年4月 | 教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。学生定員を男女合わせて40名とする |
平成13年4月 | 社会人入学制実施 |
平成14年1月 | 保健婦助産婦看護婦法改定により「看護婦」の名称が「看護師」と改訂 |
平成18年4月 | 教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。 |
平成19年4月 | 教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。 |
平成19年4月 | 特待生制度を開始。 |
平成20年7月 | 特別特待生・一般特待生制度を開始。 |
平成21年4月 | 教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。 |
平成25年4月 | 三友堂看護専門学校に校名変更 |
令和4年4月 | 教育課程改訂により新カリキュラムによる教育開始。 |